FARO 花のタルト

【2022年4月6日 FARO取材記事】

2022年3月16日に発刊された、パリ生まれのレストランガイドブック『ゴ・エ・ミヨ2022』。その中で、“ベストパティシエ賞”を受賞したのは、東京・銀座のイノベーティブイタリアンレストラン「FARO(ファロ)」のシェフパティシエール、加藤峰子氏だった。同賞は、デザートの独創性と個性を特に際立たせ、かつコース料理の締めくくりにふさわしいレストランデザートを提供しているパティシエに贈られるものだ。

彼女が手掛けるデザートは、見た目が美しく華麗なだけではない。地球環境や食品ロスといった現代の課題にも目を向けさせ、食べる者の心に訴えかける。
そんな加藤氏の代表作のデザートが、「日本の里山の恵~花のタルト」。約40種類のハーブや花に埋め尽くされた、従来の“タルト”の概念を覆す圧巻の一皿だ。これほどの花々を盛り込んだ意味とは?そこから伝えたいメッセージとは? 今、世界が注目する才能と思いに迫る。

聞き手・記事執筆:スイーツジャーナリスト平岩理緒さん

花のタルトの製作風景

加藤峰子シェフが“ベストパティシエ賞”を受賞した『ゴ・エ・ミヨ2022』

●先日、「FARO」のディナーで、動物性素材を一切使わない「ヴィーガン」のコースをいただいた際、デザートで提供された「花のタルト」の美しさに圧倒されました。そのうえ、これまで、「食べられる花=エディブルフラワー」がお菓子やデザートに使われるのは、飾りとしての域を出ないイメージがありましたが、花そのものを主役として味わうという、初めての経験でした。

「度肝を抜かれる」という表現が、一番合うかもしれません。このデザートが、“気づき”や“驚き”に繋がれば嬉しいです。本を読むとか、映画を見るとか、綺麗な景色を見るといったことで、次の日の自分がちょっと変わるというのと同じですね。

これらの花やハーブは、人が愛情を込めて作っている物です。ここに来るまでに、どういう行程を経てきたのか、どれほど愛情をかけられてきたかということに、思いを馳せていただけたらと思います。

花のタルトに使われる約40種類のハーブや花たち

花のタルトに構成されるのは、食べられる花屋EDIBLE GARDENの食用バラ「Nobel Rose」

●それで思わず、様々なエディブルフラワーをプロ向けに紹介されている「EDIBLE GARDEN(エディブルガーデン)」の方に、「素晴らしかったので、ぜひ食べにいらしてください!」とお勧めしたところ、「うちの花も以前から使っていただいています!」とのご回答が。そんな流れで、今回、取材させていただくことになった次第です。
その時にも伺いましたが、加藤シェフは、イタリアで薬草学なども学ばれて、その経験も生かされているのですよね?

イタリアには、食後に強いお酒を飲んで消化を助けるという「食後酒」の習慣があります。イタリア語で「苦い」という意味の「アマーロ」という名のお酒もその1つですが、様々な薬草をスピリッツに浸して造るものです。このようなハーブやスパイス、花の苦味をうまく使えるかですね。

私は、イタリアの薬草を扱う薬局で無償で働きながら勉強した経験があり、気分を高揚させるには?消化を助けるには?など、そこで習った知識を採り入れています。

アマーロのように多種多様な花やハーブを用いる

イタリアの食後種アマーロ

●それは、「FARO」の運営母体である「資生堂パーラー」の歴史とも繋がりますね。「資生堂パーラー」は、1902年に「資生堂薬局」内に、ソーダ水と、当時は稀少だったアイスクリームの製造と販売を行う日本で初めてのソーダファウンテンとしてオープンしました。このビルの地下に、1919年にオープンした、現存する日本最古のギャラリーがありますね。2022年に「資生堂」が創業150周年を迎えるのに合わせて、5月29日まで、そのような歴史をたどる展示が行われています。ちょうど今日、このインタビューの前に拝見してきました。

そうです。「資生堂」という会社も薬局から始まり、そこから美のイノベーションに発展していきました。このデザートも、そういった歴史からもインスピレーションを受けています。
「美術」や「美食」など、何を一番、自分に近い物として美しく感じるのか、ということです。「資生堂」は、人の生き様に美しさを見出し、それが「食」とも繋がっているのです。

FAROの店内には新時代のアーティストたちによるアート作品が飾られる

●「日本の里山の恵」をいうタイトルにも意味が込められているのですね。「里山」の存在は、最近、その大切さが改めて注目されていると思います。
「環境省」の定義では、「『里地里山』とは、原生的な自然と都市との中間に位置し、集落とそれを取り巻く二次林、それらと混在する農地、ため池、草原などで構成される地域」とされています。

日本の各地で、自然農法で作られた花やハーブです。誰からも忘れられたような日本の里山のから届く花束のような贈り物として、このデザートを作っています。

花のタルトとして供される里山の花やハーブ

●私は、ヴィーガンコースのデザートとしていただきましたが、通常のコースでも出されていると伺いました。

このデザートは、全て植物性の原材料で出来たタルト生地の上に、オレンジやレモンなどの柑橘で香り付けした豆乳カスタードクリームをのせ、その上に里山から届く約40種類のハーブや花を載せたタルトです。

今は、お客様全員に、このデザートをお出ししています。敢えて言わずに、ヴィーガン志向でない方にも召し上がっていただければと思っています。

●生地やクリームも、軽やかな食感や口どけですし、バターや乳製品独特の味や香りが無くフラットなので、花やハーブのクリアな香り、酸味、ほろ苦さなどが感じられました。このタルトを完成させるのに、苦労されたのはどのような点ですか? やはり、「ヴィーガン」というのも難しかったのでしょうか?

レストランに来てからの1年目はかなり苦労しました。完成度が低いものはお客様に出したくないので、毎日、“Research and Development”(研究開発)の積み重ねでした。今でも、ヴィーガンのデザートの中で、一番美味しく出来たと思っています。

たとえば、サフランとカモミールを合わせると、卵の香りがするのです。組み合わせによって、自分が出したい香りが出せたり消えたりします。豆や野菜の香りというのは、お菓子にあってはいけない香りだったりもしますが、違う香りを合わせることで、それを感じないようになります。テクスチャーについても同じことが言えます。ヴィーガンのデザートは、そこが勝負ですね。

過去に提供された「花のタルト」

●サフランとカモミールで卵とは驚きです・・!見た目の黄色から、イメージで味が連想されるというのもあるのでしょうかね。

レシピは一旦、全部忘れます。自分の経験を再構築して、新しい食の体験を生み出すことで、世界も広がりました。

私は、「洋菓子」というのも、時代と共に変わっていくものだと思うのです。フランスのアルザス地方やイタリアのピエモンテ地方の味を完全に再現する、というのも素晴らしいことですが、日本ならではの、新しいものが生まれてもいいのではないかなと思っています。

洋菓子の素材というのは、90%くらい輸入に頼っているのですね。お菓子やパンに使う小麦粉の生産量のうち、わずか1%程度しか、国産素材を使っていない。そして、それらを日本へ運ぶためのエネルギーとして石油を消費し、環境破壊に繋がっています。日本の自給率を上げていきたい、日本を応援していきたいと思っています。

●私も、菓子職人の方々の取材をしていく中で、原材料となる果物などを育てる農家の方々も訪ねるようになり、応援したいと思うようになりました。

今は、「日本の百年後がどうなるのかわからない」という状況ですが、生産者の方々が、勇気をもって農業を続けられるようにしていきたいと思います。そういう考え方をする人も増えています。
「もう少しこういう風に作ってほしい」といったコミュニケーションを取るなど、生産者へのフィードバックも必要です。

●「FARO」のお料理も、加藤シェフのデザートも、イタリアンというジャンルですが、日本各地の国産素材を積極的に活かしていらっしゃいますよね。メニューと共にお渡しいただける「本日の食材リスト」に掲載された、圧倒的な種類の食材を見ても、日本の生産者の方々を応援していらっしゃることが伝わってきます。

北海道産の有機小麦粉も、探すのに苦労しました。現地と同じヨーロッパ産の小麦粉を輸入して使うという考え方もありますが、小麦粉は、日本で製粉したものでないと酸化してしまいます。
日本人にしか出来ないものを生み出すことで、それを世界に持っていくことが出来ますし、日本ならではの美意識が世界に認められていくのです。

一例ですが、日本が世界に誇れるお米というのは、現状、主流を占めているものではないと思います。その農法が周囲の環境に及ぼす影響などにも配慮して栽培されたものであってほしいです。
人は、苦しい時に、誰かが肩を叩いてくれることによって頑張れると思うのです。農家さんも、たとえば無農薬栽培に取り組んでいる方など、人一倍、頑張っていらっしゃいます。そんな方々に、勇気をもらってもらえるような人間関係を構築していきたいと思います。

●農家の方々との関係を構築するのに、具体的には、どのようなことを実践されていますか?

生産を安定させてあげるということ。それは、いいものが出来てもそうでなくても、購入するということ。たとえば、熊本産の苺を使っていますが、今シーズンは、昨年の8月に太陽の照る時間が少なく、苗が弱くなってしまった。農家では、そういったこと、農家を辞めようかな、と考えたくなってしまうようなことがよくあります。

私は、日本が大好きなんですね。だから、続けていかなくてはならない。継承しなくてはいけないと思うことが色々とあり、50年後、100年後もあるようにするには、どうしたらいいのか?と考えています。「里山のタルト」は、そのように考えながら生み出したものです。

「橘(たちばな)」という柑橘がありますが、これは環境省の『レッドデータブック』で(絶滅危惧ⅠA類)に分類されている。それは、需要が無いからです。こういった素材を活かすのに、バーテンダーの方などは、香りの使い方などが上手ですね。近い仕事をしているので、意見交換などもよくしていて、「花のサラダなんてどう?」といった話をしています。

●「花」を食べる文化というのは、まだまだこれから浸透していく途中にあると思います。その面白さや、そこから生まれる可能性とは、どのようなものでしょうか?

日本では、「甘い=おいしい」ということになりがちです。人間は、進化の過程で、経験によって様々な味を感じ取れるようになっていき、最後に「苦味」に到達しました。ただ、現在は、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らすということも少なくなり、経験自体が少なくなっている。「苦味」をおいしいと感じるのは、食通の方だと言えます。

「花のタルト」は、タルトの生地やクリームに、一般的な砂糖ではなく、ヴィーガンの考え方に基づきメープルシロップなどで甘さをつけています。様々な花やハーブを組み合わせた時に調和するように作っていて、この中の1つが無くても成立しません。

季節や花の状態によっても調整します。レストランのいい所は、機械的にならなくていいということで、生産者に寄り添うことができるのです。
「花を食べる」ことを通じて、「食育」も出来そうです。こういう味を、継承していかなくてはならないと思います。香水なども、売れている品が科学的に合成されたものばかりという話を聞きます。おいしいと思ってもらえないのは、人工的な味に慣れてしまっているからではないかと思うのです。
河原の花の香りや、海辺の香りが、素敵なことだとわからないという時代になってきています。子供達にも本物を知ってもらうことが必要です。「里山」という、エコで循環的な場が無くなっている中、ピラミッド形の現代社会とは違った、思いやりや助け合いで支えられたコミュニティを経験してほしいと思います。

●パティシエなど作り手の側も、「花」ってどう使っていったらいいのだろう?飾りに載せる以外に何かあるの?と思っている方が多いように思います。こう考えるといい、という方向性はあるでしょうか?

自分が子供の時に、花を食べていた記憶はありませんか?と伝えたいです。花で遊んでみる。そこからクリエイティブなものが生まれてくると思います。それが一番いい使い方ではないでしょうか。

●私も子供の頃を振り返ると、花の蜜を吸ったり、花輪を編んだり、色水を作ったり、花で遊んでいたことを思い出しました。そういう記憶が無かったとしても、大人でも「まずは自由に遊んでみる」ことで、「飾り」としてだけではない、花の味や香りの存在感に気づけるかもしれませんね。

今日は、興味深いお話をお聞かせくださって、どうもありがとうございました。これからも、加藤シェフの「体験」に基づく新たなクリエイティビティを楽しみにしています。

※加藤峰子氏プロフィール

東京都出身。デザイン、美術、現代アートやモノづくりに興味を持ち、食の分野からパン・お菓子の道を選び進む。約10年間、「イル ルオゴ ディ アイモ エ ナディア」「イル・マルケジーノ」「マンダリンオリエンタルミラノ」(ミラノ)、「オステリア・フランチェスカーナ」(モデナ)など、イタリアの名立たるミシュラン星獲得店にてペイストリーシェフを勤める。「エノテカ・ピンキオーリ」(フィレンツェ)のチョコレート部門を経験。2018年よりリニューアルした新生「FARO」のシェフパティシエールに就任。旅するように“特別な体験として脳裏に残るようなレストラン”を目指し、日本の自然や和のハーブをリスペクトしたデザートを提案。自家製酵母など原材料からこだわり、メニュー開発に取り組む。

FARO

東京都中央区銀座8丁目8−3 資生堂
03-3572-3911

営業時間
ランチ  12:00~15:30 ( L.O.13:30 )
ディナー 18:00~23:00 ( L.O.20:00 )

定休日
日曜日/月曜日/祝日/夏季 ( 8月中旬 ) /年末年始