memento mori
薔薇のカクテル

エディブルフラワー専門店EDIBLE GARDEN が、2022年春からスタートした「美味しい花体験」を創作する「エディブルフラワー研究所」。その最初の挑戦は、カクテルの分野で世界的に活躍するバーテンダーであり、“ミクソロジスト”の南雲主于三(なぐもしゅうぞう)氏とのコラボレーション。花のカクテルを研究・発表するプロジェクト「花酒研究所」の立ち上げだった。

前回、「Mr.CHEESECAKE」を手掛ける田村浩二氏へのインタビューの中でも、バラのスピリッツカクテルを生み出した人物としてお名前の挙がった南雲氏。

そもそも“ミクソロジスト”とは、1990年代以降、カクテルの手法としてロンドンやサンフランシスで生まれた言葉だ。“Mix(混ぜる)”と“ology(論)”を合わせた造語「ミクソロジー」と考え方を採り入れ、新たなカクテルを生み出す人を、一般的なバーテンダーと区別してそう呼ぶようになったという。フレッシュの果物、野菜、ハーブなどを材料として、新しい技術や素材を使いつつ、時には古典的なカクテルを再構築したりもする。

そんな「ミクソロジー」の考え方と手法で生まれたバラのカクテルがいただけるバーの1つ、2020年6月にオープンした虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー内の「memento mori(メメントモリ)」で、その誕生秘話や花の香りの活かし方について、南雲氏にお話を伺った。

聞き手・記事執筆:スイーツジャーナリスト平岩理緒さん

花酒研究所Webページ

すべてのカクテルのベースになるローズウォッカの製造風景

バラとの出会いから、ローズスピリッツが生まれるまで

—— こんにちは。今日は、南雲さんが生み出されたバラのカクテルについて、お話をお伺いさせてください。お酒がお好きでバーを利用していたお客様だけでなく、バラがお好きな方、バラを使ったスイーツに興味のある方など、より幅広い方々から関心を集めていますね。あのカクテルが、それまでバーに行ったことが無かった方に対しても、間口を広げたと思います。
まずは、南雲さんと、EDIBLE GARDEN代表の小澤亮さんとの最初の出会いを教えていただけますか?

2019年頃、共通の知り合いの紹介で、銀座でお会いしたのが最初でした。

その時に、「Nobel Rose」など幾つかの生産者のバラを紹介してもらい、試しにカクテルに使うということをやってみましたが、その時はあまりうまくいかなかったんです。

通年栽培の食用バラ「Nobel Rose」

—— どういう点が難しかったのでしょうか?

花の香りの抽出というのは、そもそも難しいですし、バラの花は特にとても短命だからです。
ただ、白いバラの花などはとてもいい香りで、特に印象的でした。

その後、ここ「memento mori」が開業する前に、この店は「カカオとボタニカル」がテーマなので、仕入れ先の農家を探していました。そこで「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフにバラの農家さんを紹介してもらい、見学にも行きました。

—— 私も、小澤さんにアテンドしていただき、バラの農家さんをご案内いただいたことがありますが、その時も、白いバラはとても香りがよくて心に残っています。

また、2019年10月に函館で開催された「世界料理学会」で登壇をさせていただいたのですが、そこでご一緒した大阪の料理人の方から、京都の「奥田バラ園」さんをご紹介いただきました。訪問しようと思っていたら、コロナ禍で行くことできなくなり、冷蔵で送っていただいたのですが。この花びらを攪拌して減圧蒸留にかけてみたところ、やはりとてもよかった。乾燥させてやってもみたのですが、フレッシュを使わないとあの香りは出ませんでした。

ただ、1回の抽出に使う量というのはバラ280gくらいなのですが、花びらがフワフワと重なっている間に空気が入るので、体積が大きくなっているんですね。また、蒸留のためには液体に漬かっていなくてはならず、表面積も大きい方がより抽出されやすい。となると、パウダーがいい。

でも、単純に細かくしても、花にストレスがかかると、酸化してしまって駄目なんです。ということは、液体窒素で凍らせて粉体にすればいいのではないかと考えました。

食用バラの花びらを分解して液体窒素で凍らせた上で粉砕していく

—— バラの花も、ストレスがかかると香りが損なわれてしまうのですね。−196℃で物を瞬時に凍らせてしまう液体窒素は、ミクロソジストの方々の手法でもよく使われるそうですね。

液体窒素は、料理業界では早くから使われていましたが、自分達は、カクテルを固形化する手段として、あまり変わらない時期から使っていたので、なじみがありました。
その方法でパウダーにして、280gのバラを150gまで減らしたら、やはり香りが少なくなってしまった。色々試した結果、250gまでは減らせると思いましたが、それでも、無農薬栽培で手摘みの農家さんのバラは、価格も高価ですし、安定して大量するのは難しいんですね。

そんな時、小澤さんのことを思い出して連絡したところ、複数の農家と取引があり、より安定供給できるということで、お願いすることになりました。

パウダー化した薔薇を蒸留機にかけて香りを抽出する

—— EDIBLE GARDENさんでは、日本各地の様々な農家さんによる、複数品種のバラを扱っていらっしゃいますものね。あのバラのカクテルのベースとなっているローズスピリッツにも、複数の品種のバラを使っていらっしゃるそうですね。

はい。7種類は使っています。バラには様々な品種があり、とてもスパイシーな香りとか、ウッディな香りとか、ムスクのようなといった分類で、8つ又は10くらいのカテゴリーに分けることができます。

香気成分自体は500以上あって、品種により持っている香気成分が異なるのですが、これらが混ざることで、色々な香りに変化していくのです。もちろん、品種だけでなく土地ごとのテロワールの特徴、栽培者の方によっても成分は変わります。

多品種の食用バラから香りを抽出する

—— パティシエの方々も、同じ品種のフルーツであっても、栽培地や育てる方によって味や香りが変わるとよく仰っていますので、それはやはり同じですね。
その上、バラは、品種ごとに香りの特徴を持っているだけでなく、その成分が混ざることでさらに変化するのですか? それは興味深いです。

単一品種で蒸留したものをブレンドしてもいいですし、ブーケのように複数品種のバラを混ぜて蒸留しても面白い。色々な可能性があると思います。

バラのスピリッツを活かした様々なカクテルが登場

—— 小澤さんも、エディブルフラワーの事業を5年ほどやってきて、バラを単一品種で使うのではなく、ブレンドするというアプローチは初めてで、斬新だったと仰っていました。
ここからは、カクテルにする際の難しさや工夫について、より詳しくお伺いしたいと思います。

バラの香気成分をうまく抽出することは出来ましたが、香りが強くて、カクテルにするのは実は難しかったんです。1杯あたりの原価も考えなくてはなりませんし、香りの軽いものは香気成分が飛んでいく傾向があり、バラは中間ぐらいですが、重い成分ではないので、保存方法も考えなくてはならない。結論として、冷凍温度帯での保存がいいということになったのですが。

—— スピリッツは凍らないので、氷温で保存するということですね。
私が南雲さんのバラのカクテルを最初にいただいたのは、「GINZA SIX」の新作メニュー発表会の際に、「MIXOLOGY SALON」の5周年限定メニューとしてご紹介いただいた「ギフトローズフィズ」というカクテルです。優雅なバラの香りはもちろん、バラの花びらを閉じ込めた丸い氷を浮かべたプレゼンテーションも素敵で、ワクワクしながら小澤さんに「こんなのが出るそうです!」とメッセージを送ったところ、まさに小澤さんが関わっていらしたと。

あのスタイルには意味があります。カクテルは、味はもちろん、見た目の美しさも求められますので。イギリスのプロダクトデザイナーで「ダイソン社」の創業者であるジェームズ・ダイソン氏や、フランスで活躍した建築家ル・コルビジェ氏も、いいデザインと機能性とは両立するという意味のことを言っていますが、それと同じです。

最初は、タンブラーを使い、ローズスピリッツを炭酸でのばし、レモンなどの味は加えたくなかったのでクエン酸溶液を加えるもので、名前も「リアルローズフィズ」とか、別の呼び方をしていました。でも、それほど凄い感動が得られる訳ではなかった。

そんな時ふと、花びらを入れたバラの氷を作ろうと思い立ち、ワイングラスに入れたら、より綺麗な香りが感じられると思ったのです。氷がとけていくとバラの香りが氷からも出てきますし、見た目も綺麗でお洒落ですから、一石三鳥、という感じでした。

そこで、名前も「バラの花束をカクテルにした」という意味を込めて「ギフトローズフィズ」としたのです。

ギフトローズフィズの製作風景

—— タンブラーとワイングラスとでは、香りの感じられ方が全く変わってきますよね。
複数種類のバラの花から抽出した香りのローズスピリッツは、まさにバラの花束を思わせます。「ギフトローズフィズ」という名前は、とても合っていて素敵です。
さらにその後、小澤さんから「memento mori」にお誘いいただき、いただいたのが「アマゾンカカオとローズ」でした。私の周囲の、チョコレート&カカオファンの間でも話題です。これはどのように生まれたカクテルですか?

カカオは中南米原産で、エクアドルやメキシコ辺りで、滋養強壮をもたらす素材として、また貨幣としても用いられていました。アステカ王国では、すり潰して水と混ぜ、バニラやスパイス、蜂蜜などと混ぜて飲んでいたと言われます。しかし16世紀初めにはスペインから侵略を受け、カカオはヨーロッパの中でも最初にスペインにもたらされました。

そのままでは苦いので、貴族達は砂糖を混ぜてこのカカオの液体を飲むようになり、ヨーロッパの王侯貴族達の政略結婚によって、他国にも広まっていきます。

彼らは自前でカカオ工房を作り、様々なショコラショーを作ったそうです。昔の文献に「薔薇のショコラショー」という言葉も残っていて、それを再現したものです。

GINZA SIX のMIXOLOGY SALONの5周年限定メニューで使用した特別な「薔薇の氷」 0:00-0:34まで

—— ロマンチックですね!南米のペルーの奥地で育つ「アマゾンカカオ」を使った冷たすぎないショコラショーに、ローズスピリッツを合わせているのですね。最後に真っ赤なバラの花びらが添えられるのも美しいです。

よりカカオのフレーバーを活かすために、乳製品は使用せず、アマゾンカカオのパウダーをお湯に溶かしていきます。ペルーのタラポト地方で取れるアマゾンカカオは、ベリーやシトラスの酸味がしっかりあり、バラとの相性もいい。カカオの果肉を発酵させたカカオフェルメントシロップも使っています。

—— 一見、濃厚なチョコレートドリンクのように見えますが、乳製品でなく水を使っているというだけあって、カカオの味がクリアで、想像以上にすっきりと爽やかでした。
こういったバラのカクテルを、お店ではもちろん、特別なパーティーで提供なさることもあるそうですね。

はい。以前、あるクライアントのパーティー向けに「ギフトローズフィズ」を提供した際は、予算もあったため、小さなバラが1輪入った氷を作り、その氷を入れたカクテルを皆様に召し上がっていただきました。

銀座の製氷職人の手でつくった薔薇の氷

GINZA SIX のMIXOLOGY SALONの5周年限定メニューで使用した特別な「薔薇の氷」 0:00-0:34まで

—— それは贅沢ですね! 今も、バラを使った新しいカクテルを考案されているのですか?

日本酒とバラのスピリッツを合わせる、といったことにも挑戦しています。芋焼酎でも、ライチのような香りのするものがあって、それとローズスピリッツを合わせるとか・・。店ごとにそれぞれコンセプトがあるので、それに合ったものを提供したいと思っています。

それから、中南米独特の飲み物にヒントを得たカクテルも作りたいと思っています。「チェチェモラーダ」という紫色のトウモロコシのジュースがあるのですが、それを使ったものなど。

—— バラと芋焼酎の組み合わせとは意外です。最近は、フルーティーで爽やかな香りの焼酎も、人気になっていますものね。「チェチェモラーダ」は、フレンチレストランで飲ませていただいたことがあります。バラと合わせたら、どんな風になるのだろう・・。気になります!

南雲氏の店舗FOLKLORE (フォークロア)では、焼酎や日本酒と薔薇を組み合わせたカクテルが供されている

今後の目標とパティシエや料理人との交流について

—— さらに視点を広げて、南雲さんは、今後、どのようなことをやっていきたいと思っていらっしゃいますか?

今、「美味しい」のは普通であって、皆さんもそれは当たり前の基準と捉えているんですよね。美味しくて幸せ、という思いを純粋に感じられなくなっているというのは、実は不幸とも言えるかもしれませんが・・。

そんな中で、自分達が何を目指すかというと、「そこにしかない体験」だと考えています。

異文化やローカル体験というのもその1つ。そのため、カカオの文化圏、その地のローカルな飲料などにも着目しています。
その中で、自分が作ったものを、もっと深く出来ないかと追究していきたいです。

2023年を目標に、蒸留所を始めることも考えています。年間100本といった小ロットで、ローズスピリッツも作れたらと思いますね。

—— モノが溢れている今の時代、美味しいから食べる・飲むというよりも、「体験」して共有・共感したいものを選ぶ、というのは仰るとおりだと思います。
蒸留所は、どこか遠方での操業をお考えなのですか?

いえ、ここからも比較的近い場所にする予定です。

お酒産業を支えることはもちろん、贈る・飾るというだけではなく、バラ農家さんを支えられたらと思います。カクテルに使うならば、見た目の形も問わないので、持続可能な栽培に貢献して、SDGsの実現にも繋がりますよね。

お茶農家さんにも対しても同じです。スケールが必要なこともありますが、ある農家さんの、厳選した茶葉を使ったスピリッツというのを、その地元地域だけで販売するというもあり得ると思います。

2022年から試験栽培をした20品種以上の新作の食用バラを今年発表予定。南雲氏との薔薇のカクテルのアップデートにご期待ください

—— 見た目の問題で廃棄されてしまうロスフラワーや、フードロスを減らすことにも繋がりますね。蒸留所が開業された折には、ぜひ見学に伺わせていただきたいです!
私は日頃、スイーツジャーナリストとして、菓子職人の方々からお話をお伺いすることが多いのですが、今回のインタビューは、カクテルの世界の専門的なお話も含め、興味深く、刺激になるお話を沢山お聞かせいただきました。南雲さんも、パティシエの方と親交があって、影響を受けるようなことはおありなのでしょうか?

はい。同じ虎ノ門ヒルズ内のフレンチ「unis」の江藤英樹さんや、資生堂銀座ビル「FARO」の加藤峰子さんなど、レストランパティシエの方々にも注目していますし、恵比寿「Yama」の勝俣孝一さんのコースを体験して、デザートの組み合わせはカクテルになりやすいと感じたりもしていました。ただ、デザートは層にして表現できるけれど、液体は全てが1つになるという違いがあります。

うちのバーには、パティシエの方や料理人の方もよくいらっしゃいますが、大阪のフレンチ「HAJIME」の米田肇(はじめ)さんから、「液体は口の中で1つになるが、固形物だとこうはならないので、羨ましい。このように喉を通らせたい。」と言われたことがありました。

資生堂FARO加藤峰子シェフによる「花のタルト」

—— なるほど。パティシエの方々からは、カクテルの組み合わせがデザートやお菓子のヒントになるというお話を伺うことがよくありますが、ちょうど逆ですね。
これからも、南雲さんのローズカクテルや新たな挑戦が、食やサービスに携わる方々に、分野を超えて様々な気づきやヒントを与えてくれるに違いありません。
今日は、勉強になるお話を、どうもありがとうございました。

南雲主于三氏プロフィール

1980年生まれ。最先端の技術と機材を巧みに操り、既存にない新しいカクテルを生み続けている日本随一の“ミクソロジスト”。都内の様々な店に勤務した後、2006年7月に渡英。ロンドンのメトロポリタンホテル内「Nobu London」に勤務しながらヨーロッパ各地をまわる。2007年8月に帰国し、「XEX東京」のヘッドバーテンダーを経て、2009年1月に「スピリッツ&シェアリング株式会社」を設立。「The BAR codename MIXOLOGY Tokyo」(東京八重洲 ※現在閉店)を皮切りに、2017年にお茶のカクテルを提供する「MIXOLOGY SALON」(「GINZA SIX」内)、2020年6月に「memento mori」を開業するなど、バーやお酒にまつわる様々な業態・サービスを展開している。