食べられる花屋 EDIBLE GARDENが主宰する様々な「美味しい花体験」を提案する「エディブルフラワー研究所(E.F.Lab)」が、2023年5月に日本茶と発酵を織り交ぜたデザートコースが大人気の神楽坂「VERT(ヴェール)」と共に開催した「バラのフルコース」イベント。多種多様なバラを使い分け、デザートにお茶をペアリングさせた全9品。あれは、バラを味わう1つの究極形だった。
だが、その先がまだあったとは!
2024年2月、文京区本郷の古民家でノンアルコールを中心としたドリンクコースを提供する予約制バー「澱々(おりおり)」の店主emmyさんと、「VERT」オーナーシェフの田中俊大(たなかとしひろ)氏のコラボによる、新たなバラのフルコースが提供された。
それは、バラを花としてだけではなく、枝葉や根などをバラの全て、さらに育つ地質まで含めて味わうという、これまでにない体験だった。想像を超えた内容をレポートしたい。
聞き手・記事執筆:スイーツジャーナリスト平岩理緒さん
バラのフルコースの写真撮影:石川絢也さん
食用バラの写真撮影:工藤知早さん
ドリンクとデザートで、バラの全てを味わい尽くすフルコース体験
「VERT」のカウンター席につくと、色とりどりのバラの花弁が透明の円筒容器に入れられ、ずらりと並んでいた。鮮やかなピンク色の「イブピアッチェ」に黄色の「フリージア」、小さく可憐なピンク色の花弁の「スイートチャリオット」、艶やかな「ミスターリンカーン」など、前回も出会えたバラもあれば、初めて見る種類もある。メニュー提供に合わせて、バラそのものの香りや色もわかるようにという配慮は前回同様だが、さらにバラの種類が増えた。
その1つ1つに個々の香りや味の特徴があり、田中氏はそれを自在に使いこなす。
大きく分けると、バラの花色には、赤色と、ピンク色や紫色、オレンジ色や黄色、白色といったグループがあり、香りや味わいも共通項を持っている。今回のメニュー表記も、バラの品種名については、花の色に沿ったカラーの文字にしておくので、イメージの参考にしてほしい。
田中氏とemmyさんが並び立つ、コラボイベントならではの新鮮で心地よい緊張感。
今回のフルコースでは、品種ごとの特徴を生かしつつ、バラの青みや苦味、酸味までしっかり生かすことを目指したという。いよいよ、未知なる体験の始まりだ。
● ~Welcome water~ 薔薇水
まずは、瀟洒な杯に注がれたウェルカムウォーター。いかにもバラといった華やかなダマスクローズ香ではなく、少し青みも感じさせる爽やかな香りだ。
全体がクリーム色で花弁の縁が淡い朱色の「ダブルデライト」というバラを一晩水につけたローズウォーターだという。
より凝縮されたエッセンスを抽出するならば、蒸留したり、火を入れて煮出したりする方法もあるが、あくまでやわらか。これから始まる6品のドリンク×デザートのコースの序章にふさわしい、心身が浄化されるかのような1杯だ。
ダブルデライト
● 1品目
~Drink~ ダブルデライト/ウド/味醂/苺
~Dessert~ イブピアッチェ/龍眼/梅
emmyさんは今回のコースの随所に、“春の苦味”を織り交ぜてくれていた。バラと苺に、山菜のウドを煮出して使うことで、青みある香りとかすかな苦味が顕わになり、「ダブルデライト」の爽やかな香りとマッチする。苺も果汁を絞って入れる訳ではない。なるほど、ここで苺ジュースのようなドリンクになってしまっては、デザートに対して主張が強すぎる。砂糖はごくわずか、みりんで甘味を足し、上に浮かべたピンク色の花弁の上にも数滴。ふっと香り、口にすると変化する。デザートを引き立てる、ペアリングならではのドリンクだ。
デザートに使われた「イブピアッチェ」は、ダマスクローズ系の気品のある香りのバラだ。器の上に蓋をするようにのせられたのは、摺り切り技法で日本の伝統文様の形を描き出し焼いた薄いカカオのチュイル。下に透けるのは、細くカットされたピンク色のバラの花弁。中身は、ライチに似た龍眼(ロンガン)の皮と種で香りをつけたパンナコッタ。真空状態でコンポートにした龍眼の果実も忍ばせる。オレンジの花の香りのシロップに「イブピアッチェ」の香りを移し、梅酵素のシロップも加え、甘味と酸味をない混ぜにする。
これらのドリンクとデザートには、芽吹きや種から醸し出される生命力という共通項があり、新しいことが始まる春らしいペアリングだと感じた。
イブピアッチェ
● 2品目
~Drink~ イブピアッチェ/しのぶれど/ピーマン/桃の花
~Dessert~ スイートチャリオット/アセロラ/桜
バラとピーマンを合わせたドリンクに、まずは驚かされた。「しのぶれど」は、今回のイベントで初めて知ったが、日本の古歌を思わせる名前にふさわしい美しい紫色の花。このバラにはハーブのような青い香りがあり、それが緑のピーマンと繋がったというemmyさん。「イブピアッチェ」にも「しのぶれど」にも酸味があり、フルーツより野菜と合わせたかったという。桃の花も季節らしい。全てを抽出させることで生まれる、繊細な香りとほのかな苦味。お茶でもなくモクテルでもない、このドリンクを果たして何と呼ぶべきかと考えさせられる。
デザートは、何とも可愛らしいピンク色の球体。3層になっていて、一番上は大島桜の花を閉じ込めた半透明の錦玉羹。桜は2年間寝かせたことで、香りにより奥行きが出ているという。銀粉を散らし、紫がかった濃いピンク色の八重咲きミニバラ「スイートチャリオット」の花弁を添えて華やかに。土台は「スイートチャリオット」の香りをつけた白餡の羊羹。その上の黄色い層はアセロラのピューレで作った酸味のあるジュレ。
どこか、田中氏のスペシャリテとして知られる、バラと苺とチョコレートの羊羹「儚醇(びょうじゅん)」を彷彿とさせつつ、より進化したスタイルの「和」のデザートだ。
ペアリングも、植物の持つ酸味や青み、苦味も含めて味わうという方向性が共通している。
スイートチャリオット
● 3品目
~Drink~ スイートチャリオット/薔薇根/ケンポナシ/ウイスキー/鰹
~Dessert~ フリージア/フォーランマリア/ペコリーノ/西の香/蕗の薹/味噌
大分県産のものを使用したというケンポナシは、山野に生える樹木だが、バラ科の梨のように食べられる立派な果実がなるものではなく、小さな黒い果実がくっついている肥大した果柄を食する。実際に梨のような味はするが、食べた経験のある人もかなり少ないだろう。この果柄と、「スイートチャリオット」の花弁と根っこを蒸留。ウイスキーは蒸留水を使用している。樽香のようなウッディーさが共通項になっていると捉えればよいだろうか。
しかし、そこに鰹とは一体? デザートに蕗の薹と味噌を忍ばせているため、ほのかな甘じょっぱさを引っ掛けたという。鰹節の佃煮のような香ばしさをイメージすると、確かに納得できる。
黒のグラスに盛られているのは、ふんわりした口どけのクレームダンジュ。クリーミーなマスカルポーネに羊乳のペコリーノチーズでボディ感を出している。「西之香(にしのかおり)」というみずみずしい柑橘を合わせ、みりんで炊いた皮と果肉の粒々、飾りに穂紫蘇の花も散らした。
そこに、爽やかなフルーツ感のある黄色いバラの「フリージア」の香りを合わせているのはわかる気がするが、ピンク色の「フォーランマリア」は? 実はこのバラ、トップノートには特徴的なレモンを思わせる香りがあると言われ、次第にローズらしい香りに変化するという。こういった個々のバラの特徴を的確につかみ、それに沿うような素材を組み合わせる田中氏のセンスに脱帽する。
フォーランマリア
● 4品目
~Drink~ トワパルファン/薔徴土/コーヒー/バナナ/濁り酢/阿波番茶
~Dessert~ ピンクレディー/ダブルデライト/カカオパルプ
コーヒーとバナナは間違いなく相性がよさそうだが、紫がかった艶やかなピンク色で、甘くフローラルな香りが特徴的な「トワパルファン」と、そのバラが育った土も蒸留。まさか土まで使いこなすとは想像の斜め上をいっているが、蒸留しているのでもちろん衛生的にも問題ない。
土も、長野県安曇野市のある農園でバラが育つ土壌のそれが、他の土よりも繊細で、ほのかな苦味がバランスよく出たとemmyさん。敢えてこの要素を入れたのは、「違和感のある引っかかり」を表現したかったからだという。コーヒー豆は、普通にコーヒーを抽出する時のように挽いて使うのではなく、そのまま丸ごと抽出。そこに、四国の発酵茶の1つとして知られる阿波番茶(「阿波晩茶」とも表記)を煮出し、濾過を行わない濁り酢と共に入れることで、奥深い酸味が加わる。
デザートは、ピンクレディー®という、酸味のあるりんごを使ったタルトタタンだ。上にうっすらと1層のせられている淡いピンク色のゼリーは、ピンクレディー®の皮と、宮崎県特産の香酸柑橘へべすを使用。下に敷いているのは、カカオの果肉である甘酸っぱいカカオパルプに黄色いバラの「ダブルデライト」の香りをつけたソースだ。
このぺアリングの肝は、ほのかな苦味と酸味。それを引き立てるのが、バラやバナナの甘い香りと言えそうだ。
トワパルファン
● 5品目
~Drink~ フリージア/セイロン/カカオ/伊予柑/大豆/香葉
~Dessert~ オーバーナイトセンセーション/薔薇葉/小豆/苺/餅
爽やかな香りの黄色の「フリージア」に、伊予柑の皮のフルーティーさを合わせつつ、大豆の出汁でセイロンティーを煎れ、カカオ豆を剥いた殻で煎れるカカオティーと共に加えた。香葉(コリアンダー)は生葉ではなくドライにしてから使うことで、バニラのような香りが出るそうだ。
これに合わせるデザートは、あんみつがモチーフ。emmyさんが大好きで、自店「澱々」のコースでも提供しているという。今回のイベントで提供する金蒔絵の美しい漆塗り椀も、「澱々」さんからお借りしたものだそうだ。
お椀の蓋を開けると、つやつやと鎮座する真っ白な丸い物体は、餅を焼いて香ばしいピューレにしてからムースにするという手間隙をかけたもの。この餅は、「E.F.Lab」主催の小沢亮氏も大ファンだという、宮城県の「笠原餅店」製だ。もち米を竈で蒸し上げ、昔ながらの製法で作る餅には、口コミで支持者が増えている。
この餅ムースに2週間発酵させた苺をとろりと包み、ふっくら炊いた小豆を下に敷いてあり、何となく苺白玉あんみつのような仕上がりだ。ピンク色が可憐なミニバラ「オーバーナイトセンセーション」のアイスクリームを別に添え、味変化させながら楽しめるのもいい。
あんみつにお茶という、ほっと心和むような組み合わせのペアリングだなと感じた。
フリージア
オーバーナイトセンセーション
● 6品目
~Drink~ フェルゼン伯爵/薔薇枝/薔被葉/文旦
~Dessert~ ミスターリンカーン/ルージュロワイヤル/薔薇茎/薔薇根/ビーツ
「フェルゼン伯爵」と言えば、マリー・アントワネットの恋人と言われ、日本では漫画『ベルサイユのばら』の登場人物として知られる人物だ。その名を冠したバラは、気品ある紫色。シトラスやバーベナを思わせる力強いさわやかな香りがある。この花弁のみならず、枝や葉を、爽やかな黄色系の柑橘である文旦の皮の裏の白いワタと共に抽出。文旦のシロップも加えてあり、グラスの底には果実の粒々したさのうが沈む。ゆらりと煙るような影は、醤油店が醸造しているというみかんの酢だそうで、敢えて混ぜ切らずに揺蕩わせた景色も風情があり、飲む中で微妙に味が変化する。
デザートは、先が少し開いた形の黒のパフェグラス入り。「ミスターリンカーン」は艶やかな赤いバラで、ダマスクローズ系の華やかな香りだが、爽やかさも併せ持つ。その花弁も贅沢に使われた色鮮やかなソースを、薄いホワイトチョコレートの蓋の上に流すことで、色彩がより美しく映えている。中には、バラの根を使い香りを移したブランマンジェに、バラの栽培土の香りのジュレ、ビーツを乳酸発酵させたもの、自家製リコッタ、和紅茶と土のソース、そして、やはり美しい赤色の大輪の花を咲かせる「ルージュロワイヤル」のアイスクリームなど。メインディッシュ的な存在感だが、ただ美しいだけではない。根や茎、土を思わせるビーツの香りなども封じ込めてあり、大地に根付くバラの逞しさを思わせるデザートだ。
このペアリングは、ドリンクとデザート全て併せて、バラの花、枝、葉、茎、根などを余すことなく使い切り、共に口にすることでバラの全てを感じることが出来るという、物語の総仕上げ的なフィナーレのように思われた。
ミスターリンカーン
ルージュロワイヤル
● 締め括り
辻喜抹茶早緑/トワパルファン/葛
最後のデザートは、宇治産の「辻喜」の抹茶「早緑」と合わせて、「トワパルファン」の花弁を細かく刻み入れた葛餅。emmyさんが作るコーディアルシロップと、日本最古の柑橘と言われるヤマトタチバナの蒸留水とみりんをソースにしている。
今回のコラボレーションの始まりは、田中氏が、噂を耳にしてemmyさんの店「澱々」を訪ねたことから。とても楽しめて、話を聞くと腑に落ちる内容だったという。
全6品のペアリングは、田中氏がデザート3品、emmyさんがドリンク3品を用意して、それに合わせるものをお互いに考えるという流れで、バラの生産者の方ともグループラインを作って進めていったという。「でも、田中さん、期日までに用意できていなかったりもしたんですけれど」と、emmyさんの愛あるツッコミを受けつつも、お2人が関心のあること、目指すものの方向性が通じ合っていたのだろう。
田中氏は「ルージュロワイヤル」のような華やかなダマスク系のバラが好き。emmyさんはハーブ感のあるバラが好きと、好みの傾向も異なっていたが、それぞれがやりたいものを提案することで、これほど多様なバラを使い分けたコースになったのではないだろうか。
これまでも様々な素材を使ってノンアルコールドリンクを提供してきたemmyさんだが、葉や茎や土を使ったのは初めてだったという。
田中氏も、前回のバラのフルコースイベントを開催した約1年前とは、考え方が変わっていた。最近特に、甘さを引き立てる酸味や苦味、時にはえぐみや渋味の大切さを感じるようになったそうだ。たとえば、赤ワインなどにも渋味がある。アルコールであれば、苦さや渋さから感じられる奥行きのある味わいを、ノンアルコールドリンクを合わせる場合、そういう要素を作ってやる必要がある。
「VERT」では普段、お茶とのペアリングでデザートコースを提供しているが、お茶とは異なる苦味として、「ピーマンにはやられた、と思いました」と笑う田中氏。「蕗の薹と味噌を使ったデザートなんかも、“暴れちらかした”という感じでしたが、ドリンクと合わせることでまとまりました」と話す。
ドリンク、デザート共に、使用素材もかなり多く、苦味や渋味が感じられる要素が含まれ、果たしてまとまるのだろうか?と心配になるほど。しかし、「5種類入っているから5種類全部を感じてほしい、というのではないんです。香りや余韻など、それぞれの素材が役割分担をしていて、これを抜いてもいいんじゃないか、とはならない」と頷き合うお2人。
今回も、席の予約がすぐに埋まってしまったという、バラのフルコース第2弾。田中氏とemmyさんも、お互いが楽しめたと手応えを感じているそうで、また違う季節と食材、異なるテーマなどでコラボレーションをしたいという。
今度は一体、どのような内容になるのか。きっとさらなる変化、進化を遂げた形で、バラを味わう体験ができるのではないだろうか。その機会が楽しみだ。
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emmyさんプロフィール
都内のオーセンティックバーに勤めたのち、日本各地の素材を探求し、その持ち味や背景にあるストーリーをアルコールフリードリンクに落とし込むアートワークを中心に活動。アルコールフリーのオリジナルドリンクと空間をかけ合わせた価値体験の提案を行う。
2023年6月、東京・文京区本郷にノンアルコールドリンクを中心としたコースを提供する予約制バー「澱々」をオープン。バーテンダーとして培った技術を活かしながら、ノンアルブームとは一線を画すアプローチで “ドリンクを通したインスタレーション・アートの世界”を表現するドリンク作家として注目を集める。
田中俊大氏プロフィール
「カルムエラン」「メゾン・ダーニ」「ジャニス・ウォン」を経て、24歳頃から独学でハーブやスパイスついて学び、2018年、ニューヨークに本店を構えるミシュラン掲載店のモダンフレンチが東京・六本木ヒルズにオープンした「ジャン・ジョルジュ東京」のシェフパティシエに就任。第1回「チョコレートイノベーションコンテスト2019」にルビーチョコレートと日本茶を使ったデセールを出品し、「ドリンク・デザート部門」第2位&「イノベーション フォトグラフィー部門」第1位をダブル受賞。世田谷区「ラトリエ ア マ ファソン」でシェフパティシエを務め、2022年3月、独立して「VERT」を開業。日本各地の茶農家を頻繁に訪れて交流を重ねつつ、“日本茶と発酵を織り交ぜたデザートコース”という独自スタイルの業態で注目を集めている。
澱々
■ 住所 東京都文京区本郷4-30-5
■ 営業日時 11時〜17時(予約制・各5名)、不定休
■ Instagram https://www.instagram.com/oriori_kikuzaka/
■ 予約 https://www.tablecheck.com/ja/oriori-kikuzaka/reserve/message
VERT
■ 住所 東京都新宿区津久戸町3-19 A区画
■ 営業日時 デザートコース 12時/15時の2部制、アラカルト営業 19時〜21時(金・土)
■ Instagram https://www.instagram.com/vert_jpn/
■ 予約 https://www.tablecheck.com/shops/vert/reserve