ここ数年、「食べられる花=エディブルフラワー」が注目を集め、SNSでも色とりどりの花々を散りばめた華やかなスイーツの画像をよく目にするようになった。
しかし、その価値とは、単なる見た目の美しさだけではない。そんな秘められたポテンシャルを引き出した人物がいる。国内外の有名店で修業し、ミシュランガイドの星を獲得したレストランでもシェフを務めた田村浩二シェフだ。その後、「Mr. CHEESECAKE」というチーズケーキ専門店を立ち上げて大ブレーク。料理人の枠を超えて、生産者と食べ手を繋ぐ様々な挑戦に取り組み、活躍の場を広げている。
そんな田村氏が、料理人としての経験と飽くなき探求心をベースに「食べられるバラの花」に真摯に取り組み、“香り”を軸にこれまでにないバラのジャムを生み出した。バラとの出会いから、独自の味覚・嗅覚構築理論、さらに社会との繋がりや、身近な楽しみ方に至るまで、思いを語ってもらった。
聞き手・記事執筆:スイーツジャーナリスト平岩理緒さん
「バラのジャム」、最初の誕生のストーリーとは
私が一番初めに出会った田村シェフのバラジャムは、2018年の秋、“香りをたべるスペシャリテ・アイスクリーム”の「FRAGLACE」の「バラのアイスクリーム」に添えられていたものでした。本当に、口の中がバラの自然な香りで満たされ、驚いたことを覚えています。それまで経験したことのあるローズのハーブティーなどとも違う、フレッシュなフレーバーが印象的でした。
そもそも、田村シェフと「食べられるバラの花」との最初の出会いは、どのようなものでしたか?
確か2017年の春だったと思いますが、「dot science」代表の小澤亮君の紹介で、神奈川県内の農園で作られていたエディブルローズを見にいきました。現地ではワゴン販売などもしていたのですが、一般の方々にはわかりづらいようで、これはレストラン向きだろうなと思いました。
食べられるバラというのが珍しいし、とても香りがよく、デザートに使いたいと思いました。
それで、そのバラを添えたアイスクリームを、当時シェフを務めていたレストランで出すようになったんです。
—— バラの花を使ったアイスクリームは、レストランのお客様にも喜ばれそうな華やかさですが、バラをデザートに使うのに難しい点はありますか?
バラというのは、香りはあっても「美味しさ」に繋げることが難しい素材です。花びらそのものを咀嚼しても苦味があったりしますので。アイスクリームのベースにアンフュゼ(香りを移すこと)するとともに、花びらを添えたところにリュバーブのピューレも絞って、一緒に美味しく食べられるようにしていました。
—— そのデザートが元になって、バラのジャムを添えたアイスクリームを開発する話に繋がっていくのですね。
バラの花びらは高価ですし、花びらだけでジャムを作るのは、正直なところ難しいと考えていました。また、砂糖を加えすぎて甘みが強くなると、バラの香りが沈んでしまう。
自分はもともとリュバーブが好きなんですが、ちょうど、バラの花のシーズンである初夏は、リュバーブも出回る時期です。花びらだけだとボディが不足するのですが、リュバーブを加えると、程よいとろみを出すのにもぴったりでした。
—— レモン果汁も加えていらっしゃいますよね。リュバーブの酸味とレモンの爽やかさが加わり、バラのほのかなほろ苦さもいい具合に混然一体となっているように感じます。リュバーブの繊維質とバラの花びらの食感もマッチしていますよね。
レモンを入ると、バラの花びらの彩りをより鮮やかに見せる効果もあります。
リュバーブって苺と相性がよく、フランスではよく合わせて使われるのですが、苺はバラの仲間ですから、共通の要素がありますね。
—— 「FRAGLACE」のアイスクリームは、障碍をお持ちの方々が働いていらっしゃる事業所で作られているのですよね。田村シェフがレシピを開発して、現地に教えにいらしたのでしょうか?
指導して安定した品質のものを作ってもらうというのは、ご自身が作るのとはまた違った難しさがありますよね。
そうです。「NPO法人 歩実」という茨城県筑西市にある事業所で、アイス工場や、水耕栽培の植物工場も持っているところです。
確かに、作ってもらう難しさもありますが、そこで働いている中には、同じ仕事を丁寧に続けるといったことに長けていて、決まったことをやるのが得意、という方々も多くいらっしゃいます。彼らが働きやすいよう、いかにわかりやすく伝えられるかというのが、自分に課せられた役目です。
—— そしてついに2022年、単体の瓶入りで「バラのジャム」が発売されました。こちらも、「社会福祉法人せたがや樫の木会上町工房」で製造していただいていますね。
主に知的障碍のある方の働く場として、就労継続支援B型の事業を行っている事業所さんです。「バラのジャム」が広まることで、バラの生産者の方々への応援に繋がるのはもちろんですが、それぞれの能力に合った働き方で社会に貢献出来るという「バリアフリー社会」実現の後押しにもなるというのは、意義のあることだと思います。
専門知識を活かして、花の香り、味わいの活かし方を考える
—— とは言え、花を美味しく食べる、という考え方は、日本ではまだまだ、一般的という訳ではないと思います。田村シェフは、香りに関する専門知識が豊富でいらっしゃいますが、どのような考え方で、香りや味の構築をされているのでしょうか?
これまで、パティシエにしても料理人にしても、バラを使うとなると、「美味しいスイーツにバラがのっている」というものが多かったように思いますが、美味しさとリンクするように、香りを持っている花を使っていきたいと考えています。
フランスはハーブの花が豊富で、たとえばコリアンダーの花なども料理やデザートによく使いますね。自分が修業した南仏の街マントンの「Mirazur(ミラズール)」も、丘の上に建つレストランで、自家栽培のハーブ園がありました。
実は自分も、昔はワインの味がよくわからなくて、フランスに行く前、表参道の「L’AS(ラス)」で働いていた時に、シェフにワインの勉強法を教えてもらいました。それは、ソムリエがワインから感じる香りを勉強するためのキットで、「Le Nez du Vin(ル・ネ・デュ・ヴァン)」というものです。全部で54種の香りのサンプルがあり、ワインの持つ複雑な香りやアロマを感じ、表現する訓練をすることで、その能力を高めることが出来るんです。
E.F.Labが通年での提供を実現した香り高い食用バラ
—— 香りについて、独学で勉強されたのですね。田村シェフのお話には、香りの成分として「ゲラニオール」とか「ネロール」とか「シトロネロール」といった言葉もさらっと出てきて、まるで科学者のような成分分析をされているのだなとびっくりしました。
『フレーバー・クリエーション』という、調香師の方が読まれるような書籍があるのですが、これも見てみると、今まで自分が美味しいと思っていた組み合わせが、理論的に香気成分の相性のよさとして納得できるようになりました。
香りの中でも、高音がパッと感じられるような「黄色」の香りもあれば、低音でドライハーブのような「緑色」の香りもあります。これらが、メロディーのようにどう繋がるか?というふうに考えています。
人間は、酸っぱい物を食べると、酸っぱい香りを連想するんですが、実際にそうではないと、頭でバグを起こしてしまうんですね。
—— 黄色い香りに緑色の香り・・。何となくイメージ的にはわかる気がしますが、田村シェフの場合は、さらに深く学ばれて、それが科学的な知識に裏打ちされているというのが凄いと思います。
香りは、人が「美味しさ」を感じるうえで、とても重要な要素なのですね。
チーズケーキを手掛けるようになって、口の中でとけるスピードの違いとか、噛んで味わうものとか、そういった素材ごとの香りが繋がるように設計することを、よりいっそう意識するようになりました。
アイスも、口の中でわずか数秒の間に変化していくんです。ほとんどの人は無意識に感じているのですが、リュバーブの酸味と味を加えることで、残っている甘い香りとリンクしていく。
昔は経験と記憶だけで組み合わせを考えていましたが、今は、香りの知識という引き出しの質を高められたことで、それを元に考えられるようになりました。
バラは様々な香りを持っています。フルーツや花、バニラ、スパイス、青いハーブ、お茶の香りなど。フレッシュ感もある。人によって感じやすい香りが違いますし、バラの品種によっても違うんです。
—— 私達が、「なんとなくいい香り」と感じるものが、実はそのように複雑な香りの要素で構成されているのですね。「バラのジャム」に使っているバラは、複数の品種を混ぜているのですか?
元々、1種類を使ってきましたが、今、違う品種を使う実験もしています。高いトーンの香りとか、軽やかな香りとか、色々あるんですよ。
あと、今はバラとリュバーブとレモンという組み合わせですが、レモンをライムに変えるだけでもかなり違ったものになります。
—— シリーズ化して、「バラのジャム」の中で、何種類かバリエーションを味わうことが出来たら面白いですね!
そうですね。バラというのも1つの素材なのであって、魚も種類によって調理法が変わるように、バラの種類ごとに適した使い方、香りの引き出し方が異なると思います。
バーテンダーでありミクソロジストとして活躍されている南雲主于三(なぐもしゅうぞう)さんによる、バラのウォッカというのがあるのですが、青い香りをうまく引き出しているなと感じるものがありました。
他にも、2022年3月にオープンしたパティスリー「エキリーブル」に行きましたが、ジャスミンと桃を組み合わせたお菓子がとても軽やかで、香りのロジックが出来ているなと思いました。
「エキリーブル」オーナーパティシエの德永純司シェフは、国内外のコンクールでも素晴らしい成績を残されていますが、スイーツ業界の中でも、香り使いで群を抜いていると評判の方です。やはり香りの専門的な勉強をされて、アロマテラピー検定1級もお持ちでいらっしゃいます。
様々なバラの使い方、そして花の使い方も含め、田村シェフも色々と試して体験されているのですね。
最後になりますが、この「バラのジャム」をより美味しく味わうにはどうしたらいいか、アドバイスをいただけますか? やはり王道は、パンに塗る食べ方でしょうか?
乳製品など、ちょっと酸味のあるものと相性がいいです。ヨーグルトは、香りもあるのでいいと思います。あと、フロマージュブランとかサワークリームとか・・。
パンも、間にバターが入ると相性がよりよくなりますね。
ハーゲンダッツのバニラアイスとの相性もすごくいいです!
バナナとも相性がいいですし、ドレッシングのような感覚で、サラダに使ってもいいと思います。
あと、ベルガモットとかレモンのサブレにのせるとかもいいですね。
—— わぁ、色々な楽しみ方がありますね。ドレッシングとは目からウロコでした・・。美味しく味わえる方法を、自分で探すのも楽しいですね。
田村シェフはよく、「Mr. CHEESECAKE」でも、合わせるドリンクの提案をされていますが、飲み物との相性も考えたら、さらに世界が広がっていきますね。
そうですね。知識が増えていくと、自分が食べたことのない組み合わせでも、イメージして考えられるようになります。口の中の新しい体験を作るのは、楽しいですよね。
「バラのジャム」は、紅茶全般と合うと思います。それから、自分は最近、中国茶にはまっているのですが、中国茶の半発酵茶とも相性がいいですよ。福建省の岩茶とか、台湾の凍頂烏龍茶とか。
今日は、勉強になるお話をお聞かせくださって、どうもありがとうございました。料理人やパティシエといった枠を超えた田村シェフの新たな発信を、これからも楽しみにしています。
※田村浩二氏プロフィール
1985年生まれ。調理師専門学校を卒業後、東京都内のレストランに勤務したのち、渡仏。ミシュラン星付きのレストランで修業を積み、2016年に帰国。2017年に東京・白金台のフレンチ「TIRPSE(ティルプス)」(現在は閉店)のシェフに就任し、『ゴ・エ・ミヨ ジャポン』で2018年度期待の若手シェフ賞を受賞。Instagramで発信・販売したチーズケーキが話題となり、2018年にチーズケーキ専門ブランド「Mr. C HEESECAKE」を創業。生産者と食べ手をつなぐ様々な事業に携わり、活動している。