バラのフルコース vol.3 
by 田村 浩二

2024年5月、人気のチーズケーキブランド「Mr.CHEESECAKE」をプロデュースする田村浩二氏が、特別にバラのフルコースをふるまう機会があった。

場所は、これまでに2回のバラのフルコースイベントを開催してきた神楽坂の「VERT」のカウンター席を借りる形で、今回も、「エディブルフラワー研究所(E.F.Lab)」の協力により、稀少な品種を含めた多彩なバラの花が使われた。

同年2月、文京区本郷の予約制バー「澱々(おりおり)」の店主emmyさんと、「VERT」オーナーシェフの田中俊大(たなかとしひろ)氏のコラボによるバラのフルコースイベントが開催されたが、実は田村氏もこれを体験し、自分でもやってみたいとインスピレーションを刺激されたのだという。

もともと料理人である田村氏だが、今回試みたのは、肉や魚を使った料理のフルコースではなく、バラのデザートのフルコース。一体、どのようなものになるのか?体験レポートをお届けする。

聞き手・記事執筆:スイーツジャーナリスト平岩理緒さん
バラのフルコースの写真撮影:石川絢也さん
食用バラの写真撮影:工藤知早さん

ドリンクとデザートで、バラの全てを味わい尽くすフルコース体験

田村氏は、レストラン時代から「E.F.Lab」代表の小澤氏と親交があり、早くから食べられるバラの存在を知り、使い始めていた。現在、「E.F.Lab」ホームページのオンラインショップでも購入できる「花香るジャム」。その最初の作品「No.001 バラのジャム」のレシピを考案したのは田村氏だ。バラに相性のよいリュバーブとレモンの酸味を合わせ、発色も美しく仕上げた。しかし、その頃からすると、小澤氏が取り扱うバラの種類も相当に増えた。

私自身も、「VERT」のカウンター席で体験するバラのフルコースは3回目となるが、今回初めて見て味わうバラもあり、まだまだこんな品種もあったのか・・と、その奥深さを改めて感じた。

まず提供されたのは、冷たい水を注いだグラス。この水は、田村氏が気に入ってプライベートでも飲んでいるというもので、岐阜県の名水の地として知られる養老郡の水だという。採水した状態で保健所の安全基準を満たす水質であるため、非加熱でろ過のみ行っているそうだ。

硬度は低めで口当たり軟らか。すっきりとして飲みやすい。

● 1品目

トワパルファン 檜 柚子

最初に、ウェルカムドリンクとして提供されたのと同じ水を使った、冷たい椀物が登場した。

あらかじめ、檜(ひのき)と柚子で作ったエッセンスウォーターを仕込んでいる。その作り方は、チップをお湯に漬け込み、ゆるんで開いてきたら、コールドブリューのコーヒーを抽出するように、水でゆっくりと2日間かけて、香りを移す。さらにフレッシュの柚子の果肉を漬け込んでおくという、見えない手間ひまがかかった1品だ。

そこに、紫色がかったピンク色と甘くフローラルな香りが艶やかな「トワパルファン」を使ったゆるいジュレを合わせる。花弁をレモン果汁ときび砂糖でもむようにして、ゼラチンを加え、お湯を注いですぐにラップで覆い、香りを閉じ込めながら抽出する。この日、使ったものは、2日前の金曜に仕込んだものだそうだ。田村氏曰く、「トワパルファン」は、今回使ったバラの中でも一番青い香りを持っている。花弁がやわらかく、えぐみも少ないバラだそうだが、このように加工することで、よりえぐみが和らぐと話す。

液体同士ではあるが、エッセンスウォーターとジュレとの硬さがわずかに違うことで、口の中でタイムラグが生じる。まず檜の清々しい香りが立ち、後から柚子が華やかに広がり、ジュレがゆっくりとけていく。レモンが入っていると酸が強くなるため、ゼラチンの固まり方がやや弱い。その、硬すぎない塩梅がちょうどよい。さらに、バラの花弁を咀嚼することで、最後にその青みある香りの印象がより明確に刻まれる。

私が体験した回には、「VERT」の田中氏、「澱々」のemmyさんをはじめ、これまでに「E.F.Lab」のバラの花を使ったことのあるパティシエの方なども同席されていたのだが、この繊細な表現には全員が大いに興味を引かれたようで、非常に注目されていた。

トワパルファン

● 2品目

カリフォルニアドリーミング G.D.ルイーズ 林檎 生姜

1品目はわずかながら加熱したバラを味わったが、今度は“生”のバラを味わってもらいます、という田村氏。これから続いていくバラのコースを堪能するための、準備運動のような一皿だそうだ。

りんごと生姜を細かく刻み、細く刻んだ花弁も併せて、少量の蜂蜜とすだち果汁でマリネ。刻んだバラは「G.D.ルイーズ」という、芳香に富んだアプリコット色の大輪咲きタイプだ。これを巻くのは、「カリフォルニアドリーミング」というバラの花弁をピクルス状にしたもの。全体に黄色で、花弁のフチがグラデーションで濃いピンク色に色づく品種だが、ピクルスにしたものには、ピンク色が全体になじんでいる。田村氏曰く、生の花弁でも巻いてみたが、思ったよりもコシが弱く巻きにくかったため、ピクルスにして使ったそうだ。フレッシュのままの大きな花弁も1枚、土台に敷いている。

りんごとバラは、同じバラ科同士で相性がいい。爽やかでエレガントな香りに、生姜のほのかな辛味と、土を思わせるどこか鄙びた香りが、不思議とマッチする。シャキシャキしたりんごと生姜の食感と、2つの異なる花弁の食感が楽しめるのも魅力だ。

カリフォルニアドリーミング

● 3品目

イブピアッチェ 珈琲 苺

この品で「トーンを落とした」と田村氏。前回のイベントでは、進化系の「羊羹」や、コーヒー豆を使ったドリンクが登場したが、それに対するオマージュだという。

コーヒーを、前回のイベントの時に「澱々」emmyさんが用いた技法と同じく、豆のままホールで使用。クローブ、メープルシロップと共に、冷蔵庫でコールドブリュー式に漬け込んだ液体を作る。これを沸騰させ、水で戻した寒天を煮溶かし、砂糖でもんだだけのフレッシュのバラを入れて、少し香りを移してから濾す。さらに黒糖ベースで炊いた餡と混ぜ、葛粉を繋ぎに、水羊羹に仕立てた。

コーヒーを漬け込むのも、最初にも出された岐阜・養老の水だ。「将来、水のいい場所で店をやりたくて、締め括りに水羊羹を出したいなと思っていて、練習しているんです」と、未来の夢を語ってくれた田村氏。子供の頃、母親が小豆とテングサから作ってくれていたという思い出とも結びついているそうだ。

コーヒーをバラと合わせるのに、繋ぎとしたのがクローブ。このスパイスに含まれる「オイゲノール」という香り成分は、バラが持つ香りの主成分の1つで、入れることでまとまり、心地よいと感じられるそうだ。

バラは、ダマスクローズ系の芳香が印象的なピンク色の「イブピアッチェ」を使用。苺、エストラゴンと合わせた薬味感覚のコンディマンとしても添え、好みで水羊羹を調味しながら味わえるようにした。

これらの素材を掛け合わせたのは、以前に体験した、すももとコーヒー、エストラゴンの組み合わせが美味しかったという記憶からだそうだ。キャンディーを思わせる熟れた香りの赤いフルーツ類と、このバラの華やかな甘い香りも合うという。田村氏は調香の考え方についても詳しく、常々、香りを科学的に紐解き、相性のよさの裏付けしているのが興味深い。

イブピアッチェ

● 4品目

ラブリーブルー ブルーベリー ラベンダー

やや青みがかった紫色の「ラブリーブルー」は、今回、初めて味わうバラだった。少し香りが弱かったので、際立たせるために、ハーブのディルを加えたソースに使うことにしたと田村氏。

赤ワインにクローブと黒胡椒、刻んだローズレッドのドライ花弁、フレッシュのディルとローズマリーを加え、ゆっくりと低温で加熱することで、香りを移す。クロ―ブを入れたのは、1品前のコーヒー味からの繋がりを持たせた意味もあるという。

スパイスやハーブを濾してから、ラブリーブルーの花弁も刻み入れて炊き、半割のブルーベリーを加えてマリネ。ラベンダーが香るブランマンジェの上にソースとして注ぎかけた。

ブルーベリーがたっぷり使われた濃厚さもありつつ、ハーブが香る爽やかな品で、高原や北国の夏を思い起こさせる。バラとベリーの「ブルー」の名前も重なり、紫の色彩が印象的な一品だった。

ラブリーブルー

● 5品目

フリージア パイナップル バナナ

黄色いバラと黄色いフルーツを合わせ、“トーンを上げた”デザート。かつ、今回のコースの中では一番料理に近い、バラのサラダのような一皿。

バナナとパイナップルのマリネ、カマンベールチーズを皿に盛り、細く刻んだ「フリージア」の花弁をたっぷりとのせ、すだちの皮を削り、少し果汁を絞って仕上げる。

面白いのは、黄色いバラ「フリージア」と、黄金唐辛子、黄柚子を使って作ったという、バラの柚子胡椒。これを蜂蜜とナンプラーとライムでのばしたビネグレットにコブミカンの葉も加え、細かくカットしたパイナップルをマリネ。これに、刻んで加えるのでは香りが強すぎるため、バジルの葉を揉んで上にのせておく。さらにカットしたバナナも合わせる。

イメージはベトナム料理。実際に、ベトナムにはバナナの花のサラダといった料理もあるそうだ。

もともとベトナム料理は好きだったという田村氏。2023年の夏に初めてベトナムに行く機会があり、かつて働き暮らしていた南仏とも気候が似ていて、心地よく過ごせたそうだ。日本と空気が似ているとも感じられ、料理にも、味はシンプルだが旨味があるといった共通点が見られた。米ヌードルのフォーを食べると、スープも日本の出汁のような作り方で、落ち着く感じがするのだそうだ。

カマンベールチーズは、メープルシロップとレモンの酵素シロップに漬け込み、常温に戻して使う。田村氏は以前に、モッツアレラチーズと桃を合わせたサラダの作り方をSNSで紹介し、大きな反響を得たことがある。この料理も、イタリア生まれのクリーミーなフレッシュチーズ「ブッラータ」などで作れば、ごく普通の美味しいフルーツサラダとなるが、敢えてカマンベールにした。蜂蜜を思わせる香りとニュアンスがあり、それがバラの花とも合うと考えたためだ。「ブッラータ」などよりも塩味が強いためマリネするが、味が入りやすいよう、外側の白カビが多い部分はカットする。

なるほど、塩味と旨味、甘味と酸味があいまって、思わず癖になるような一皿だ。バラを料理の調味料に使うという発想が新しい。

フリージア

● 6品目

さ姫 バニラ トンカ
~ペアリングドリンク~ さ姫 グレープフルーツ

このデザートの原形とした「ガトーナンテ」は、フランス北西のブルターニュ半島の南東にある港町“ナント”の郷土菓子だ。貿易港として栄えた町にふさわしく、砂糖やアーモンドをたっぷり使い、ラム酒を利かせた、見た目はシンプルだがとてもリッチな配合のお菓子である。

今回は、フランス産の発酵バターや、バニラビーンズ、削ったトンカ、シチリア産のアーモンドパウダー、きび砂糖、レモン皮と、贅沢な材料を惜しげもなく使用。そこに、島根県の奥出雲で栽培されるドラマチックな紅色と香りのバラ「さ姫」のパウダーもプラス。さらに、ラム酒ではなく、虎ノ門ヒルズのバー「memento mori」で作られた、フレッシュのバラを使い蒸留したローズウォッカを、生地にも上掛けの糖衣にも使ったそうだ。香水の世界では「グルマン」と呼ばれる甘い香りを意識したという。

あえて大きなサイズで2日前に焼き、少ししっとりと戻った食感に調整した。杏仁のような香りのするシチリア産アーモンドに、上品で芳醇なバラの香りが混ざり合い、シャリッとした糖衣が口の中でほどけてじんわりと広がる。あくまでやさしい味だがしみじみと贅沢だ。

ここに、今回のコースで唯一となるペアリングのドリンクを添えて。「さ姫」とグレープフルーツの皮を合わせた、ロゼワインのような美しい色。甘味とクエン酸の酸味を加えることで、ボディ感を出している。香ばしくリッチなガトーナンテと、爽やかな酸味のバラのドリンクが、お互いを引き立て合う組み合わせだ。

さ姫

● 7品目

ルージュロワイヤル さ姫 トワパルファン 東方美人 リュバーブ

様々な素材を盛り込んだメインディッシュ級のパフェが登場。

表面を覆うのは、ライム果汁でマリネした「ふじ」りんごと「さ姫」などのバラで作ったシャリシャリのグラニテ。りんごは皮と芯からも香りを移し無駄なく使用。ラズベリーは、プチプチした食感も噛んで味わってほしいと、そのまま濾さずに使った。

リュバーブは、冷凍のまま砂糖を振って置いておくと、浸透圧で中の水分が出てくる。これを煮るとトロトロにとけてしまうが、湯せんでやさしく、混ぜながらマリネするように加熱。ちょうどいい具合に食感が残っているうちに火から引きあげ、ここに「さ姫」を加える。リュバーブとバラの組み合わせは、田村氏が小澤氏と共に最初に取り組んだ商品開発で生まれた「バラのジャム」のレシピへのオマージュだそうだ。

杏仁パウダーと生クリーム、発酵乳クリーム、ゼラチンで作った杏仁豆腐を、レストランなどでよく使われるパコジェットという小型冷却粉砕機にかけた杏仁アイス。

「信山丸」という品種の杏に、トンカ豆と杏仁を加えたコンフィチュール。田村氏と言えば、「Mr.CHEESECAKE」で、トンカ豆を使ったチーズケーキが大人気に。杏仁を思わせるような甘い香りで、桜の葉の塩漬けと同じ香り成分“クマリン”を持つトンカ豆。出会ったのは2007年頃だそうで、使いこなし歴も長い。

また、発酵が強めで紅茶に近い烏龍茶「東方美人」を濃いめに抽出し、スチームコンベクションオーブンで焼いたブリュレ。さらに、ラズベリーと、鮮やかな赤色の大輪の花を咲かせるバラ「ルージュロワイヤル」のピューレソース。

これらを、敢えて中身の見えない黒のグラスに盛り合わせたのは、透明グラスのように視覚的に訴えるのではなく、香りと味に集中してほしいという意図。食べ進めていくと、ラズベリーやリュバーブの赤にピンク、杏の照日色、杏仁アイスの白と、様々な色彩が次々に現れてワクワクする。要素が多いようで、香りの要素が繋がることでまとまっているのは、さすが田村氏の真骨頂だ。

ルージュロワイヤル

● 8品目

さ姫 松の葉 酢橘

締め括りは、「さ姫」のパウダーに包まれた、松の葉とすだちのギモーヴ。赤紫色の衣をまとったギモーヴをかじると、中は綺麗な緑色で、色彩の対比も鮮やか。松の葉の新芽の清々しい香りと、すだちのキュンとするような酸味が効いている。

本当に、多種多様なバラを味わったな・・と思い返す楽しい余韻に包まれながら、ラストの1品を大切に味わった。

さ姫

田村氏自身、デザートのコースに取り組むのは新鮮だったという。途中に色々と伏線を張っていて、最後まで食べて初めて、「あの品はこうだったのは・・そうか、なるほど!」とわかるように流れを考えたそうだ。特に、「トーンを上げる・下げる」、という表現は印象的だった。たとえば、羊羹にコンディマンとして添えた3品目のバラは、明るく綺麗なトーン。合わせる素材によってもその感じ方は変わり、コーヒーのトーンは基本的に重くなるので、それと合わせることで、よりトーンが上がるという。デザートが続くフルコースを最初から最後まで飽きずに食べてもらうには、このような考え方が助けになるのではないかと思った。

一方、田村氏の料理をまた食べたいという要望もよくいただくそうで、料理もまたやらないとかな・・?と、検討する気配も。私も、バラのデザートは単品でもフルコースでも色々といただいてきたが、バラを使った料理というのは、逆にとても新鮮で、食べてみたいという気持ちになる。

味わうバラ、エディブルローズの可能性は、ますます広がりそうだ。

田村浩二

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田村浩二氏プロフィール

1985年生まれ。調理師専門学校を卒業後、東京都内のレストランに勤務したのち、渡仏。ミシュラン星付きのレストランで修業を積み、2016年に帰国。2017年に東京・白金台のフレンチ「TIRPSE(ティルプス)」(現在は閉店)のシェフに就任し、『ゴ・エ・ミヨ ジャポン』で2018年度期待の若手シェフ賞を受賞。Instagramで発信・販売したチーズケーキが話題となり、2018年にチーズケーキ専門ブランド「Mr. CHEESECAKE」を創業。生産者と食べ手をつなぐ様々な事業に携わり、活動している。

Mr.CHEESECAKE

■ オンラインショップ https://mr-cheesecake.com/

VERT

■ 住所 東京都新宿区津久戸町3-19 A区画
■ 営業日時 デザートコース 12時/15時の2部制、アラカルト営業 19時〜21時(金・土)
■ 予約 https://www.tablecheck.com/shops/vert/reserve